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茅葺き屋根風

こういう髪型


 さて、私は誰でしょう。

 昔はこういう髪型の人よくいたよね。
 スチールウール状というか、茅葺き屋根風というか。

 ものすごく強くアイパーを当てた髪型なんだろうけど、パンキッシュな表現の割には横分けにしちゃうところが、また、時代の「律儀さ」みたいなものを漂わせてる。

 でも、この髪型、今やってみたいと思っても、この私じゃ無理。

 髪にこしがないので、たぶん、こんな立派なひさし感が出ない。そう考えると、この髪型も若さや青春の記号というところなのでしょうか。

 この髪型の主は若き頃の某大物演歌歌手さんです。いなせでいたこです。

 このブログ、マンガ的! と銘打っているので、たまに思いついたように固有名詞を乗せると、思いっきり抗議にさらされるので、正解はここまで。

 でも、私はWBCの原監督を見ると、私は必ずこの人を思い出します。ちょっと小首をかしげ、某有名歌謡を口ずさんでいたりもします。

 何か知らんけど、何かが似てる……。何で誰も言わないんだろ。

 サムライジャパンって、カタカナなんだけど、トップの部分が思いっきりど演歌な感じがする。それはたぶん、某大物演歌歌手さんと共通する、(若いのに)落ち着き払った(ように見える)、どこか「はんなり」の入った、所作なんだと思いますが。

 グータッチも、アメリカンポップな感じと言うより、「こぶしのふれあい」。
 クルーンとかイスンヨプがいまいち調子が上がらないのがわかるような気がする。

 でも、やっぱりお二方とも日本を代表する国民的スターなんだと思います。

 では、ハバナイスデイ。

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2009.04.29 | マンガ的!

「人間苦しくなると服を脱ぐ」

 昨日の話の続き。

 このブログを書き終わって仕事を終えた後、読んでいなかった日刊スポーツを風呂で読んでいると、そこにものすごくおもしろい記事が……。

 題して「人間苦しくなると服を脱ぐ」

 紙面によりますと、90年ごろに話題を集めた『ノーパン健康法』(あったよね)の考案者であるお医者さんが、某大物スター氏の奇行には、精神的な要因がかかわっているのではないかと言っています。

 曰く

 「ストレスなどで苦しんでいたのでしょう。人間は苦しくなると服を脱ぐ。山で遭難した人の多くは、最後に裸になっている。凍死に至るケースさえ、裸であったりパンツをずらした姿で見つかることがある」

 その記事は、事件は「精神的な苦しみから、解放されたい一心で起きた」とまとめてあり、私は目が点……。

 告白しますが、私も昔からよく朝起きると、無意識にパンツ脱いでます(笑)。いまだに何でなんだろう、別にエッチなこと考えてるわけではないのに、と謎だったのですが、あれは一種の遭難だったのか……。

 そういえば、暴飲暴食して寝たりすると、ものすごい悪夢を見ながら、ほぼ確実に脱いでいる。遭難と言えば遭難。

 でも、何からの遭難? 腹回りがきついということは確かなんだと思いますが。

 その昔、この奇行を友人にチェックされ、「おまえ、それ変だよ。変態じゃねえの」と思いっきり笑われ、「ああ、これからはみんなで温泉に行けない」と微妙なる傷を抱えたものでした。

 しかし、そんなマンガ的行為もお医者さんに解説されると妙な説得力。気分は八甲田山。某スター氏の行為も私の奇行も、それが遭難だと思えば、立派な生還、ヒロイズム。

 人間はおっぱいを見たりしても服を脱ぐし、苦しくなっても服を脱ぐ。寝てても脱ぐし公園でも脱ぐ。それは時たまバグのように、時と場所がずれる怪奇。

 ま、いずれにせよ、おもしろいけど、あんまり下半身の話には深入りしない方がいいんじゃないんでしょうか。

 では、ハバナイスデイ。


2009.04.26 | マンガ的!

日本沈没

 いやあ、某大物スター氏のあの「全裸事件」すごいっすよね。

 「公然わいせつ」なんて出てたから、「えっ、ついに淫行関係!」なんて思ったら全然違って、ただ酔っぱらって素っ裸で大騒ぎした、っていう、まさに普通のマンガ的な日常生活。

 あそこまで大騒ぎし、一国の大臣がコメントして、なおかつそのコメントにファンの抗議が殺到して、また謝っちゃったりして、もう何だかわけわかんなくて、すべてがマンガみたいな話です。

 記者会見での「よく脱ぐことはあるんですか?」みたいな質問に至っては、全国民的に「唖然」ということなのでしょうが、それにまじめに答えていた某大物スター氏、たぶん、彼の評判は意外に上がるのではないのかとも思いました。

 だって、俺、何だか好感持ったもん。

 少し前、彼の出演していた『日本沈没』をビデオで見ました。
(今、打ち間違えて日本珍物と出た。何を示唆しているのか(笑))

 私たちの世代には思い入れたっぷりの原作(小松左京作)なので、現代の若者に届けられるリメイク版はいったいどんなことになっているのかと気になっていて、やっと見ることができたのでした。

 感想はというと、おもしろいとかおもしろくないとか言う前に、何だかもぞもぞしてしまう座りの悪い感じ。一本見終わるのに3日もかかってしまいました。

 主演の某氏の演技も悪いとは言えない。むしろがんばっている方だと思う。柴咲コウは、私けっこうファン。CGもそれなりにお金がかかっていて、ああ、なるほど30年の歳月はここまで進化させるのだなと思わせるもの。原作は申し分なし。

 じゃ、何で座りが悪いのか。私はしばし考え込んでしまいました。

 その鍵は田所博士役の豊川悦司にあるような気がします。

 田所博士は、前作で小林桂樹演じたところの重要な役柄です。
 迫り来る危機を「先端」で感じ、苦悩し、奮闘していく……。
 その設定自体が、そもそも「エキセントリック」に構築されたキャラクターなんだと思いますが、トヨエツによってそのキャラがボアアップし、完全にマンガの世界にいってしまったような気がします。

 じゃ、それが悪いことかというと、実はそんなこともない。
 「そもそも原作の設定自体、日本が沈没するなんてマンガみたいな話だ」ということに、はたと気づかされる。CGによる日本沈没の様子も、「わー、すげー、わー、すげー」で、あんなもんでいい。大地真央さん演じる美人大臣もマンガ的高揚感のなせるわざです。(あれが市原悦子だとか長山藍子だとかの「大臣にふさわしい」ベテラン大物女優でも、それはそれでしんどい)

 じゃ、何がいけないのか。

 主人公とヒロインだけが、マジにやってる。つまり、マンガ的ではなく、変にリアリティを持って、恋愛だとか親孝行だとかを語ってる。だから、ふたりのからみのシーンがものすごくしんどい。

 そのシーンだけを切り取ってみれば、そんなに悪いわけではないと思うのですが、その他のものとものすごく食い合わせが悪い感じ。なんと言おうか、「ファインディング・ニモ」に二匹だけ生魚が泳いでる感じ。しかも、喋る(笑)。
 子どもに見せた方がいいのか、マニアックにこっそり自分だけ見た方がいいのか、ものすごく困る感じが、その座りの悪さの正体なのだと思いました。

 ヒロイン役の柴咲コウは『少林少女』などの例を出すまでもなく、本来はマンガ的ギミックにも十分に対応できる力を持った人なんだと思います。じゃ、主役の某氏ができない人なのかというと、そんなことない。

 できるじゃないですか、公園で素っ裸。

 世の中はマジに見えてマンガ的。マンガ的に見えて時々マジ。

 やはり、世の中タイミングは重要なのだと思います。

 では、ハバナイスデイ。

2009.04.25 | マンガ的!

胃カメラと芸術の森

 以前、北海道でこんな看板を見つけ、思わず立ち止まってしまいました。

芸術の森泌尿器科


 「芸術の森泌尿器科」。

 いったい芸術と泌尿器に何の関係があるのか。

 もしかしたら、このお医者さんは、医師免許を取る前か後かに美大かなんかを出ていて、医療にものすごくアーティスティックなものを取り入れているのか。

 部屋中にはサイケデリックカラーのペイントウォールや意味合いのいたって芸術的なオブジェが立ち並び、医療技術もさることながら、ものすごく前衛的で美的な医療行為が行われている。
 主人公である医師は、サルバドール・ダリのようなナイスキャラの人物で、そのエキセントリックでどこかコミカルな言動に近所の小学生たちは大はしゃぎ。ある日、町で事件が起こり、そこに居合わせたダリ先生は……。

 ほとんどマンガの原作の世界。

 「尿道にオブジェ……」と、私は2分ほど考え込みました。


 昨日、私は20年ぶりに胃カメラを飲みました。

 20年前にものすごい苦しみを味わった覚えがあるので、わざわざ知り合いの医者を頼り、横須賀まで行ったのでした。

 胃カメラがスタンバイした診療台に寝かされました。
 まな板の上の鯉。私はふと「芸術の森」の看板を思い出しました。

 最近の胃カメラの技術革新はすごい。胃の中にカメラを通してしまうという医療の芸術的なまでの発展をこの目で確かめてやろうと思いました。

 しかし、気持ちとはうらはら。
 私の身体は固くなり、思いっきりこわばっていたのでした。

 知り合いの医師は、その子羊並みの「怯え」を理解したのか、
「あなたのような大柄で力の強い人が苦しいんですよね。鎮静剤打ちましょうか。楽になりますから」と言いました。
 
 「はい、お願いします」。ああ、芸術の森……。

 気がつくとベッドの上で一時間半が過ぎていました。

 お医者さんは私を見つめ、「あっという間におちましたね(笑)」と言いました。

 その言葉は芸術的と言うより、どこか文学的でした。

 「芸術の森泌尿器科」に関する私の疑問は案外簡単に解けました。
 あたりを見渡すと答えがありました。何のことはない。その辺の地名が「芸術の森」という地域なのでした。なーんだ。

 やはり、医療とはサイケデリックなマンガ的世界なのではなく、リアルで真摯な行為なのだと、改めて思いました。

 では、ハバナイスデイ。



2009.04.18 | マンガ的!

男と女

 久しぶりに、レコジャケネタをお届けします。

 歌謡の世界では、「男と女」という題材が今も昔も大事な要素となっています。

 まずは、男からの目線。

志賀勝


 志賀勝さんの作品です。

 パンチパーマ風角刈りにグラデのグラサン。意味づけが多少甘めの番傘にテカリの入った着流し。「いい男」らしく二つに割れたアゴと決して「無精」ではないひげ。
 そして、画面端に予感させる握りしめられた拳……。

 どこに出しても恥ずかしくない、「ザ・男」の姿です。

 しかも、タイトルが「女」……。

 今の若者言葉で言うところの完全な上から目線です。

 私も以前、「おんなはさあ」と言ったら、「おんななんて言ったらだめ」と言われて、「え、何で?」と戸惑った覚えがあります。

 男、男の畳みかけるような記号論の数々。見えてないのはふんどしのみ。

 男たるもの「女」に対し、精一杯「気負い」ながら愛し、そして守り抜く。そんな「ど演歌」の心意気のようなものが感じられる、私の好きな作品のひとつです。

 では、次を見てみましょう。次は女性からの目線です。

夏木マリ


 今では憧れのかっこいい女性として活躍中の夏木マリさんの作品です。

 この作品は、B面のタイトルにご注目ください。

もうかんにんして


 「もうかんにんして」……。

 今の若い男子はこんなセリフを言われたら、鼻の穴に豆鉄砲です。うろたえるということを通り越し、もしかすると、女からの上目線を感じてしまうのかもしれません。

 「もうかんにんして」
 「そんなご無体な」
 「いやよ、いやよ、そんな乱暴な……」
 「きらい、きらい。あなたは意地悪で」(最後のみby桜田淳子)

 男の上から目線に対する淡き抵抗。

「まあ、いいではないか。そんなこと言わず。ほんとはおまえも……」。

 だみ声の男の声がリフレインする予定調和的男女の世界観。

 こんな時代には、最近巷を賑わすマンガのような事件の数々も生まれにくい世の中でした。なぜなら、このように提供される作品自体がそのコンセプトをデフォルメすることにより、世の中のリアルからはきちんと切り離された、正しきマンガ的世界だったからです。

 世の中の流れだけでなく、昨今の演歌・歌謡系も劇的な進化を遂げています。

 「きよしのズンドコ節」は、マンガ的なのか、いったい何なのでしょうか。
 マンガのようなデフォルメ的感性の溢れた世界のような気もするし、おばさんたちの変にリアルな目線に支えられている存在のような気もする。その分析は、また別の機会に譲ることにしましょう。

 では、ハバナイスデイ。








2009.04.15 | マンガ的!

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プロフィール

中丸謙一朗

Author:中丸謙一朗
職業:編集者・コラムニスト
1963年生まれ、横浜市出身。立教大学経済学部卒。1987年、マガジンハウス入社。『ポパイ』『ガリバー』『ブルータス』などで編集を手がけた後、独立。著書に『大物講座』(講談社)、『ロックンロール・ダイエット』(中央公論新社・扶桑社文庫)、『車輪の上』(エイ出版)、漫画原作『心理捜査官・草薙葵』(集英社コミックス)など。編著多数。

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