うちの近所のラーメン屋さんでの話。
「ラーメンと半チャーハンで」とオーダーした私に対し、若い女の店員さんは少し怪しげな日本語でこう言った。
「今の時間、タイムサービスで、ラーメン大盛りか半チャーハン大盛りが無料になりますけど」
私は一瞬とまどった後、反射的に半チャーハンの大盛りをお願いした。
半チャーハンの大盛り(笑)。どこか半やねん(苦笑)。何が半やねん(泣)。
ブレーキとアクセルを同時に踏み込むデブのスピンターン。
店も俺も意味分からん……。
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2009.10.31
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エリック・クラプトンが胆石摘出手術
クラプトンと胆石って、ものすごく意外な感じがするなあ。
だって、胆石は比較的食いすぎが原因になることが多いし、統計的にも「3F」("fat","fourty""female")、つまり、太った40歳以上の女性がかかる病気と言われている。
やっぱ、若い頃、アメリカ行って脂っこいものばかり食べてたのが原因かなあ。
でも、クリームにいた頃なんて、自分が胆石になるなんて、想像もしなかっただろうな。手術、受けるって、彼はまだタバコ吸ってるのかなあ。あ、とっくにやめたって、何かに書いてあったっけ。
でも、このクラプトンの記事のおかげで、全国の男性胆石患者の地位が自動的に上がったねえ。
お恥ずかしながら、そのひとり、私なんですけど……。
しかも、まだ、石持ってるし。
でも、ちょっとうれしかった。クラプトンさん、ありがとう。何が(笑)。
2009.10.30
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私は自分の中のふんどし感に迷いが生じてきたら、必ずこの本をめくる。
そこに書かれていることは、革パンの王様による魂の叫びである。
この本は、それを手にしている人間の状況や状態をよく反映すると思う。何言ってるのかぜんぜんわからない時もあるし、聖なるファーザーに至極の説教を説かれているのだと感じる時もある。
とにもかくにも、私の大事にしているふんどし感あふれる一冊である。

【ドアーズ詩集】(鏡明訳、シンコーミュージック)
ふんどし度 ★★★★
(再録)
2009.10.29
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「個人的な心情と言われれば分からないでもない。でも世間がどう見るか。介護も唐突な感じがしました」
これは今日(10/28)の日刊スポーツに載ったサンミュージックのある社員の言葉だ。
コメント自体は、重役である相沢副社長がのりぴーに支援の手を差し伸べたことに対する複雑な心境を明かしたものだが、私はそのコメントの後半の「唐突」という言葉に反応した。
唐突……前ぶれもなくだしぬけに物事を行なって不自然であるさま。
介護なんて急に何言うんだ。それ、おかしいよ。
と、「唐突」という言葉は婉曲に語った。
高校一年の時、現代国語の授業でこの「唐突」という言葉を教わり、クラス中でこの言葉を使うことが流行った。
薄笑いを浮かべながら、比較的難しいこの言葉を日常会話に混ぜ込むバカバカしさと、まさに「唐突な」感じのする語感の間抜けさが、このブームの背景だったのだと思う。
そして、何よりも、まだその当時の世の中は規範や逸れてはいけない道筋のようなものが多すぎて、この「唐突」という概念自体が、ものすごくエッジの効いているものだったことが大きい。
ところが、最近のように人それぞれの「価値観の多様化」とかいうものにまかされるまま、何でもありという状態だと、「唐突」なんて概念自体が存在しないかのように見えるし、仮に近しい状態があったとしても、それは「サプライズ」とか「華麗なる転身」みたいなもので微妙に置き換えられる。
元風俗ライターが代議士になってもいいし、元アイドルが(なんせ覚醒剤患者になる世の中なので)、罪を償う過程として介護福祉士っていうのもありなんじゃないかという勢いなのである。
で、冒頭の「唐突じゃないの?」というコメント。
あら、どうやら世論は変だと思っているようである。
やはり小泉改革の揺れ戻しか、「サプライズ」が「唐突」に変わろうとしているのか。
「サプライズ」と「唐突」。
どっちが真摯な言葉であり、どっちがバカな言葉か、今、改めて考えさせられる。
では、ハバナイスデイ。
2009.10.28
| マンガ的!

竹の精のように美しい妻玉枝と、彼女の上に亡き母の面影を見出し、母親としての愛情を求める竹細工師・喜助との、はかない愛の姿を越前の竹林を背景に描いた水上勉の代表的名作、それが『越前竹人形』だ。
今回、ふらりと北陸へ旅だったもうひとつの理由が、この『越前竹人形』の世界を感じてみることだった。
あんなに「ださいもの」として嫌っていたはずの「地方性」だったり「民芸的感性」みたいなものが、ある作家の手にかかると、何とも「艶っぽい」作品世界に生まれ変わり、私を魅了した。
玉枝が居た芦原温泉に宿を取り、丸岡にある越前竹人形の里に行った。
そして、廉価の竹人形を買った。土産ではなく自分自身にだ。
東京に戻り、デスクの上にあるランディ・ジョンソンのフィギュアの隣に置いてみた。ものすごい違和感。どっちを選ぶか、完全なるクロスロード……。
今までロックだ、ジム・モリソンだ、アメリカン・ポップだ、なんだかんだと言っていたが、どうも最近、ロックの「スクリーミング(叫ぶ)感」やアメリカン・ポップの大仰なパフォーマンスの世界みたいなものについていけず、どっちかというと、民芸調あふれる文学の世界の方がしっくりいく……。
まだヤンキースのユニフォームを着ているランディ・ジョンソンのフィギュアはデスク上の一線を退き、今はその位置に竹人形の少女が鎮座している。
いつまでそこにいるのかはわからない。
でも、たまにはこういうのもありかなと、黙って見つめる。
2009.10.28
| マンガ的!
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