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リモコン

 世の中にリモコンができたおかげで消えたコミュニケーションがある。

 テレビにリモコンが装着されるまで、テレビのチャンネルを変えるという行為は、よく兄弟げんかの元になった。

 「おまえが回せ」「そっちの方が近いじゃないか」

 バカだけど、けっこう楽しいコミュニケーションだった。

 今は、ピッ。おしまい、である。

 クルマのサイドミラーなんてのもあった。

 運転席にいる父親の指示の元、クルマから降りてフェンダーミラーを直しに所定の位置に着く。

 「右、右。もうちょっと左。ちょっと下」。

 そんな指令をこなし、急ぎ足でクルマに戻ると、何だかものすごく誇らしかった。

 今は、ウィーン。おしまい、である。

 居間にあった変な壁掛け式の鳩時計のおもり。テレビを見ている父親が、急に思いついたように、「おい、ケン坊。おもりひけ」と言った。

 めんどくさかったが、黙っておもりを引いた。

 今は、「おもりひけ?」。おしまい、である。

 親のボタン操作で子どもが動く。果たして、それは、いい時代だったのか、めんどくさい時代だったのか。

 制御の枠を外れた子供は、いったい今、自分の部屋で何をしているのだろうか。


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2010.06.17 | コメント(0) | トラックバック(0) | マンガ的!

心臓移植

 私は小さい頃、「83」という数字を忌み嫌っていた。銭湯の下駄箱で、悪ガキどもと長嶋茂雄の背番号「3」を取り合うのと同時に(この例えも古くて嫌になるが……)、この「83」という数字を恐がり、大人になるまでどことなく避けてきた。

 その理由はこうだ。

 1968(昭和43)年8月8日未明、札幌市中央区の札幌医科大学付属病院で、和田寿郎胸部外科教授ら20人の移植チームによって、日本初の心臓移植手術が行われた。移植手術を受けたのは18歳の宮崎さんという患者さんで、手術から「83」日目の同年10月29日、急性呼吸不全により死亡した。

 私がまだ5歳の時である。

 この「和田心臓移植」のニュースは全国的にも有名になり、いつしか、子どもが手にする、あるいは目にする書物にもその話が登場するようになる。

 ある人が死に、その心臓がまた別の人に移し替えられる。

 就学前の児童である私は、こんな「恐ろしい」ことに恐れおののいた。おぼろげではあるが、初めて「生と死」ということを意識しはじめたのである。

 「生きてるって、何だろう」  「どうして、僕は生きてるのだろう」  「何で心臓は取り替えることができるの?」  「今、こんなことを考えてる僕って何? どこから来たの?」  「あ、僕は息をしている。これをやめたらどうなるんだろう」……。

  ……ハア、ハア、ハア、ハア。

 呼吸という行為は意識をしないからこそスムーズにいく。呼吸を意識した、その混迷のリズムの中で小さい私は恐れおののき、半ばパニックに陥りながら、布団を頭からすっぽりと被った。

 その元凶ともいうべき数字が「83」なのである。

 日本初という快挙である「和田心臓移植」は、また同時に、数々の疑惑にも塗れた。

 果たして、臓器提供患者は本当に死んでいたのか。完全なる死とは何か。移植された患者は本当に移植の必要な患者だったのか。

 本棚の片隅で見つけた本『凍れる心臓』(共同通信社社会部移植取材班編著、共同通信社)で、久しぶりにこの「和田心臓移植」を追った。

 また、この機会に「和田心臓移植」を扱ったその他の本にも目を通してみた。

 『神々の沈黙~心臓移植を追って』(吉村昭著、文春文庫)、『白い宴』(渡辺淳一著、角川文庫)などである。(二冊とも絶版)

 臓器移植の問題に関して、ここでは軽々に意見を述べることはしない。だが、私はこの「83」という数字を怖がっているおかげで、いつまでも忘れずにいる。

凍れる心臓凍れる心臓
(1998/04)
共同通信社社会部移植取材班

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2010.06.14 | コメント(0) | トラックバック(0) | マンガ的!

書評『歌舞伎町・ヤバさの真相』

 〇八年六月に発生した秋葉原通り魔事件で、なぜ犯人である派遣社員の青年(当時二十五歳)が犯行現場に秋葉原を選んで、歌舞伎町を選ばなかったのかという疑問を口にする人がいた。歌舞伎町を選ばなかったのは、歌舞伎町がすでに若い世代の関心の外だからであり、時代に病むほど鋭角化した若い世代の感覚にとって、歌舞伎町が陳腐化し、老朽化していることの証明ではないかというのだ。歌舞伎町としては事件の現場になることで、今以上にヤバさのイメージを増幅したくはない。犯行現場に選ばれなかったことは歌舞伎町にとって救いであり、幸いだった。なぜ、凶行の現場にならなかったかという疑問自体が不謹慎、非常識だと非難されよう。だが、それでも「なぜ選ばれなかった?」は一班の真理に通じそうな疑問ではあろう。(あとがき~老いていく街、興る街より)

 はっきり言って、最近、新宿という街が死んでいるような気がする。

 横浜人と言っておきながら、なんだかんだで16年も杉並に住んでいる私の本拠地は新宿だった。今でも、週末の夕暮れ時など、この街をうろうろとするが、何か最近おもしろくない。「怖い」でもない、また、盛り上がるでもない。渋谷や下北沢ほどガキっぽい街ではないが、かといって大人の街では、“もはや”ない。

 何だかワクワクさせるものが少ないのだ。

 最近、情報通信を駆使し、むりやり街興しをするような輩の宣伝文句がかまびすしいが、本来、街というものは、そういうふうに「興す」とか「寝かす」とか一部の人間がどうこうする話ではなく、街のエネルギーというのは、その土地とそこに住む人間との有機的関わりが生み出した、あるいは生み出している「行動の残像」“地霊”のようなもので、まるで生きて呼吸しているかのように変化し、成長し、また、衰退していくものなのだと思う。

 新宿は生きている。今は少しおとなしくしているだけ。本書を読むと、そんな新宿という街の底力を感じる。

 しかし、最近の時代の加速力は侮れない。底力のある街を平気で叩き潰す威力を持つ。

 多くの傷ついた人びとを癒してきた一方で、多くの「邪悪」を生み出す「つれない」街・新宿。だが、この街を愛し、必要としている人がいる限り、この大海のような街は、いつまでも存在し続けるのであろう。



歌舞伎町・ヤバさの真相 (文春新書)歌舞伎町・ヤバさの真相 (文春新書)
(2009/06)
溝口 敦

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 ふんどし度★★

2010.06.11 | コメント(0) | トラックバック(0) | 書評・ふんどし本の世界

ミザリー

 ビートルズの楽曲『ミザリー』は、初期の名盤『プリーズ・プリーズ・ミー』に収録されている失恋ソングだ。

 リード・ボーカルはジョン・レノン。出だしのハーモニーがなんとももの悲しい、とても気になる歌だ。

 The world is treating me bad, misery. (世の中が僕につらく当たる……ひどい話だ)

 先日、あらゆる予定を調整し、勢い込んで新横浜のラーメン屋に行った。どうしても、そこの“激辛担々麺”が食いたかったからだ。

 その店には何度か行ったことがある。そこそこ人気があるみたいだが、新興のチェーン店なので、行列をつくるほどの話ではない。我が家から結構な距離にあるが、いつもクルマで行くし、道路の混雑状況や所要時間なども何となく頭に入っていたので、タイミングさえ考えれば、さして時間もかからず、クルマでひとっ走りでうまい飯にありつく、と、私の中ではそんな算段だったのである。

 クルマは新横浜に到着した。ものすごく腹が減っていた。

 クルマを近くの駐車場に入れ、その店へと小走りで向かった。

 その時に私は勢いがつきすぎ、鬼瓦みたいな顔をしていた。

 店の前には15人ほどの大行列ができていた。それは、へらへらとラーメンを食おうとだべりながら順番待ちをしている若者たちの大行列だった。

 え!? なんで? 私は一瞬たじろいだが、状況を把握した。

 どうやら、近くにある横浜アリーナで行われていたコンサートがちょうど今終わり、腹をすかせた若者が、ちょうど目の前にある「手頃な」感じのこのラーメン屋に殺到しているようなのであった。

 読み間違えた……。

 私はその若者たちの行列に黙って入っているほどの気力もなく、とぼとぼとその行列を後にし、そのままクルマに乗って家まで帰った。

 世の中が僕につらく当たる……ひどい話だ。

 クルマの中で、ビートルズの『ミザリー』を聴き、悲しみと惨めさを中和した。

 その日、行われたコンサートは「ファンキーモンキーベイビーズ」だった。

 ファンキーでもモンキーでもベイベーでもない私は、ふとん被って寝た。

 おかげで、次の日体重計に乗ると1キロ減っていた。

 Oh, in misery My misery Misery……


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2010.06.10 | コメント(0) | トラックバック(0) | マンガ的!

美川憲一先生『お金をちょうだい』再発売記念 再録『彼らはいったいいくら欲しかったのか?』

 先日、スポーツ新聞にこんな記事が載った。

「芸能生活45周年を迎えた歌手美川憲一(64)が、71年のヒット曲「お金をちょうだい」を「プラチナバージョン」として6月2日に再発売する。(中略)「別れる前にお金をちょうだい~そのお金でアパートを借りるのよ」。当時NHKでは「歌のイメージが思わしくない」と歌唱禁止。当時、美川は同曲のほか朝帰りを歌った「おんなの朝」など5曲で歌唱禁止になり「NHK歌唱禁止男」との異名を持ったほど。しかし、当時禁止だった楽曲もNHKで解禁され、6月13日放送の「BS 日本のうた」でも歌唱予定。「別れた男からむしりとるのではなく『アパートを借りるお金をちょうだい』なんてかわいいわよ。本来あるべき日本女性の姿」と話していた。(2010年5月31日付日刊スポーツ)

 私は約10年も前に、この『お金をちょうだい』という曲をテーマに、某雑誌にコラムを書いた。件の「別れる前にお金をちょうだい~そのお金でアパートを借りるのよ」というセリフに触発され、「じゃ、いったいその女はいくら欲しいのだろう」という思いで、つらつらと書いたギャグコラムだ。

 時代背景など、多少、古くさくもあるが、この楽曲『お金をちょうだい』が再発売される縁で再掲載してみることにする。



『彼らはいったいいくら欲しかったのか?』
   ~女の手切れ金と男の空想マネー~

 昔の親は子供に向かって、よく「お金の話はしてはいけません」とか「大人の話に首を突っ込むんじゃありません」と、言っていたものでした。それは日本がまだ純朴だったころの話です。しかし、そんなそこはかとない”タブーの気分”を見事にぶちこわした歌がありました。それは、美川憲一の『お金をちょうだい』という歌です。

 「お金をちょうだい」。そこには何のひねりもありません。まるで給食費をもらう子供のように無邪気に右手を差し出している、そんな光景さえ浮かんできます。そして、あの美川流ブルージーなメロディ。テレビ画面から流れてくる、あの隠微でボディソニック状に下腹部を刺激してくる低音に、世の多くの小学生たちはなぜか叫びだしたくなるような閉塞感を感じていたのでした。

 この歌が発売された昭和46年(1971年)は超高級住宅地多摩ニュータウンが入居を開始した年で、世間では赤軍派によるとみられるテロが頻発していました。全米ではベトナム反戦デモが始まり、日本でもラブ&ピースな若者が緩い興奮状態にありました。そんな都会の片隅で、じっとりと昆虫のように別れ話をしているふたりがいたのです。

 「あなたは昔は貧乏だった。しかし愛があった。今は金がある。でも愛がない。仕方がない、もう忘れてちょうだい、手切れ金を払えばあなたもせいせいするでしょう。だからお金をちょうだい」(歌詞より)と女が言っています。

 で、あたりまえですが、男はこの場合、黙っています。では、彼女はいったいいくら欲しかったのかのでしょうか。ここでは、「あなたの生活にひびかない程度」の「アパートを借りられる」(歌詞より)金額と言っています。

 ここに当時の板橋区の賃貸アパートのデータがあります。和6畳、4.5畳、3畳、台所、洗面付きの長屋式アパートの家賃が月1万5千円です。引っ越しに際しては敷金礼金など約6カ月分まとめて金が要りますから、おおよそ9万円ぐらい、現代の家賃相場を乱暴に当時の約10倍だとすると、その額は約90万円ぐらいではないかと推測することができます。そして、さらに、月々の支払いが15万円ほど。この額をつらいと思うか楽勝と思うかは、聞く人の状況しだいです。

 ですが、女の発言は真意とはうらはらです。「ひびかない程度」というからには、きっと本当は「ひびかせたい」に決まっています。そう読むとこの歌に登場する男の経済状況がわかってきます。居住に充当する額の最適な目安は給料の三分の一というのを聞いたことがあります。ひびかない程度というのは、この範囲に抑えられている場合のみです。月給45万円に対して15万円、これが限界です。さらに、男が居住する家の家賃(15万円)も考えなければいけません。彼の本当の月収はここでは想像する程度に留めておきますが、たぶん、収入の大半を家賃に取られている(笑)。でも、生きていかなければならない。これでは響かないどころか脳卒中級に身体に響くであろうと思われます。

 「あなたの生活にひびかない程度のお金でいいの」。これは一見すると曖昧でやさしさあふれる言葉のようにも思えますが、実は女の男に対する、非常に現実的な言わば「生殺し」の金額を指す言葉なのです。

 この「お金をちょうだい」と比較してみるととても興味深い歌があります。浜田省
吾の『MONEY』です。

 男は金がないことに怒っている。理屈やかけひきは一切ありません。自分を捨てた父親や生活環境、去っていった女に怒りを込めているわりには、茫洋としたドリームを語ってしまっているという、前述の女性から見れば、まったくの”単調鶴”の状態です。

 この歌の背景は昭和59年(1984年)です。日本特殊浴場協会がトルコという名称をすべてソープランドと改正し、また、新札が発行され、伊藤博文は夏目漱石に、聖徳太子は新渡戸稲造と福沢諭吉になる、そんな何となく揺れ動いている時代なのでした。男は、労働に油まみれになりながらも、内心は怒りでいっぱい。「純白のメルセデス、プール付きのマンション、ベッドでドン・ペリニヨン」(歌詞より)と、脳内にくるくると旋回するバブリーな欲望(実は時代を先取りしている)でほとんど自家中毒寸前の状態です。そして、「いつかあいつの足元にBIG MONEY叩きつけてやる」と絶叫する。こうなると、この男の言うBIG MONEYというのは、もはや実態さえない膨大なもの、トンビがくるりと輪を描いているような状況を指してしまっているのです。

 神戸が大震災の被害を受け、復興を果たした時、広報の担当者が言った言葉を思いだします。『神戸は今まで1000万ドル(100万ドルというのが慣用句だが、物価の変動を考慮に入れた発言だと思われる)の夜景でしたが、明石大橋が開通すれば2000万ドルにはなるはずです』。え、何で2倍なの? 男の”ビッグマネー感”とはまさにこんな感じです。つまり、『スゲーことする予定だから、ブワッ-と行こうぜ!』という言葉なのです。余計なことですが、一応前述の男の言っているBIGMONEYを先ほどの神戸の夜景の例を引き2000万ドルだとすると、1ドル104円だとして20億8000万円になります。少なくとも相手の足元にこのビッグマネーを叩き付けるというリベンジを果たすには、もうマイケル・ジャクソンになるしか短期に稼ぐ方法はありません。もはや、この数字には何の実態もないことがよくおわかりいただけると思います。

 「お金をちょうだい」が金で愛を精算しようという昆虫系の言葉なら、この「MONEY」の歌詞は、ほとんど青空感覚満載、鳥類系の世界観です。

 「ひびかない程度のお金」と「BIG MONEY」。どちらも歌の主人公から発せられた魂の言葉なのですが、とどのつまり、女の手切れ金は現実的な効力を持つ情念の言葉であり、男の空想マネーは値段の観念をぶち超えたグルーブ感だけの言葉です。
 まったくもって、男女の違いとは複雑なのです。 (2000年1月)

2010.06.07 | コメント(0) | トラックバック(0) | マンガ的!

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プロフィール

中丸謙一朗

Author:中丸謙一朗
職業:編集者・コラムニスト
1963年生まれ、横浜市出身。立教大学経済学部卒。1987年、マガジンハウス入社。『ポパイ』『ガリバー』『ブルータス』などで編集を手がけた後、独立。著書に『大物講座』(講談社)、『ロックンロール・ダイエット』(中央公論新社・扶桑社文庫)、『車輪の上』(エイ出版)、漫画原作『心理捜査官・草薙葵』(集英社コミックス)など。編著多数。

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