先日、近所の図書館で、谷村新司の『本当の旅は二度目の旅』というエッセイを、何げなく手に取った。1993年の発行なので、たぶん、もう絶版になっているのではないかと思う。図書館らしい出会いである。
その中に、谷村新司さんが、「自分は肥満児だった」ということを吐露するくだりがある。
身長150センチ足らずで、体重70キロの肥満児童。顔がほとんどお尻のようになり肉の中に鼻が陥没しているご尊顔。氏曰く、「当時の写真を見ると、悲しいを通り越して笑ってしまいます」という状態だったらしい。
勉強も運動もできた「天国のような」小学校の前半(三年生まで)の時期が、急激に肥満体となり、女の子にもてない「地獄のような」小学生時代になったと語った。
「太ると女の子が振り向きもしなくなるのは当然、もてるどころじゃありません。ときはちょうど初恋の時期だというのに、好きな女の子のことを考えても、ふと鏡を眺めると太りに太った我が身が……。当時はまだ肥満児なんて珍しい時代で、ぼくの通っていた小学校でも全校生徒のうち、三、四人でしょうか。一年前までは人気者として注目されていたのに、今度はよその小学校までがすごい肥満児がいるぞと見物しにくる始末。」(本文より)
おもしろい。ただ、ひたすらにおもしろい。
だが、これは何も谷村先生をバカにするためにおもしろがっているのではない。何よりも、私はこの心境がよくわかるのだ。なぜなら、この私が肥満児だったからだ。
同じ中学の敬太のことをからかっていたのにごめん。見物に来られるほどのものではなかったが、それでも、顔はパンパン、上背も横幅も小学校一のでかさと太さ、私は立派な肥満児だったのだ。
私も谷村先生と同じように機敏な低学年時代を送った後、小学校4年から太り始め、6年生で「どピーク」を迎えた。
やはり、問題はその頃だ。
女子ほどではないにせよ、少しは異性を気にし出すお年頃。その割には腹が出てたり、おっぱいが微妙に垂れ下がってたり、顎部の肉もぷにょんぷにょんと、もう自分でも自分の身体がうんざりする感じで、風呂でしげしげと(唯一贅肉の目立たない)手の甲を眺めてため息をついていたことを思い出す。
そんな「朗らかデブ」な(外見はそう見える)子を見て、母親はそれほど気にはしてない感じであったが、意地の悪い(というかギャグのきつい)おやじなどは、「おまえ、このままだと、中学に行ったら肥満児学級に入れられるぞ」と、ことあるごとに脅し、私の幼心を微妙に震え上がらせていた。
しかし、今から思えば、あるのか、そんな肥満児学級。幻か……。
いや、とにかく怖かったのだよ。
谷村先生はその肥満児時代をこう総括する。
「前半の輝ける栄光の時代と、後半の暗い悲惨な時代がありました。ほんの六年の間に人生の光と影を垣間見た子どもは、おそらくそうはいないでしょう!?」
神々しき「昴」の原点がここにあった。
肥満は人の身体をむしばみ、心までも傷つける。
肥満なき明日へ。軽快なる心へ。
それを克服できるかできないかは、その人の「芸術性」にかかっている。それも、身体一杯で表現していく「身体的芸術性」である。 何も難しく考えることはない。「理想的な身体」という高見を目指し「動く」、ただそれだけである。
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2010.07.20
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『アマゾネス』(テレンス・ヤング監督)を見た。
この映画は1973年、私が10歳の時の作品で、子どもの頃無性に見たかった映画だ。今、思う存分に見る。おとな見だ。
『アマゾネス』は、ギリシャ神話に登場する女性だけの部族をモデルにした映画だ。古代の女だけの狩猟部族で、子を産むときは他部族の男性の元に交わりに行く。
着エロ的には基本薄手の部族衣装。戦闘シーンではチラリやポロリはぜんぜんアリ。当時の誰がいちばんよろこんでいたのかはよくわからないが、要するに女だらけのエッチな映画なのであった。
だから、小学生の「見たい!」という欲望は、当然果たされることはなく、後年、テレビ東京あたりでやっていた洋画劇場での放送を親の目を盗みながら、必死こいて見たことが思い出として残る。
久しぶりに見ると、たいしてエッチでもなく、女同士が裸で闘い合うという「どろんこプロレス」的展開のみが見せ場の、何ともぬけの悪い映画ではあったが、部族のリーダー(女王)が聴衆に向かい訓辞を垂れるシーンにこんなセリフがあった。
「男は心も肉体も汚れている。男の手はすぐに悪いことを始める。男の顔は品がない。男の体はたるんで骨が触る。男はいつもせっかちでコクがない」。
せっかちでコクがないって……。
小学生の時にはわからなかったが、その実、妙に“コクのある”脚本だ。
少年は大人の男になり、「汚れ」と引き替えに「コク」を得たはずだったのが、アマゾネス先生に言わせると、もう一度、一からやり直しなのかもしれない。
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2010.07.15
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最近ひとりで飲みに行くことが増えたので、たまたま隣り合わせた席の人と自然と話すことが増えた。そんな時に思うのだが、たまに心がささくれだっている人がいる。
それは、けっしてケンカを売ってきたり、急に泣き出したりとかそういう「壊れた」人のことを言っているわけではない。
店の主人や居合わせた客たちと普通に会話をしているのだけれど、その人の感じが、ヤスリで研いだりマニキュアでコーティングしているようなツルツルとした佇まいではなく、心のデコボコやザワザワが何となく透けて見える、そんな感じだ。
そして、そういう人はどこかに危険な香りを漂わせてはいるのだけれど、いたっておとなしく飲んでいる。本当はいい人なのかと言うと、それはわからない。
ただ、そんな「心がささくれだってる人」の方が、なぜか人間的に見える。
それは世間によくありがちな“幸せなふり”をする欺瞞さがないからである。
心がささくれだってる人は静かに飲んでいる。けっして手を叩きながらバカ笑いをしたりしないし、どうでもいいボケやツッコミに自分の言葉を被せることもしない。
ささくれはめくると痛い。気にすると血が滲み、いつまでもズキズキと痛む。 だが、放っておくと、いつのまにかなくなっている。
人間はそんなにやわじゃない。心のささくれは押さえつけたりめくったりせず、放っておくのがいい。
2010.07.12
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生きてきた時代のそれぞれの「地点」で何があったかということを中心に語られる「世代論」は、画一的でお仕着せがましい眼差しに陥りやすいという点において、しばしば批判の的となる。だが、そんな批判の部分を差し引いても、やはり各世代間における微妙なる時間軸のずれが、おもしろい「景色」や「観念」の差を生むというのもまた事実であり、私がおもしろがる部分だ。
エルビス・プレスリーは、歴史上におけるスーパースターだ。約5億枚のレコードを売ったその魅力や功績にはなんの曇りもない。
だが、私たちの世代(40代)においてエルビス・プレスリーはデブの代表だ。これは「世代論」が生み出す、一種の「事実」なのである。
以下は私が中学生の時、1970年代半ばの話だ。
クラスにものすごいデブがいた。敬太だ。13歳にして100キロは軽く越え、150キロあるいは200キロ近くあったのではないかと思う。もちろん、背も大きい。学ランを纏ったその姿はまるで黒い山のようで、よくみんなが「敬太、敬太」と言いながら、その膨大な腹回りにしがみついていた。
私も、未だにそのまるで羽毛布団のような「抱き心地」を記憶している。
敬太はけっしておとなしい子どもではなく、時には教室で怪獣のように大暴れした。
子どもたちはぴゃーっとまるで蜘蛛の子を散らすように逃げ回る。敬太は足が遅いので、誰ひとり捕まることがなく、敬太は悔しがり、ますます暴れ回る。そんな敬太を唯一おとなしくさせる方法があった。それは、みんなして、取って付けたように「敬太はプレスリーに似ている。うん、似てる似てる!」と言うのだ。
すると、敬太は「その気になって」リーゼント(風)にしてきた髪の毛を撫でつけながら、「そ、そうか」とニコニコしながら、かっこをつけて見せるのであった。
プレスリーのことをあまり知らない若い世代のために解説すると、当時のプレスリーは、柳腰まぶしき「伝説のロッカー」としての面影はなく、たまにマスコミに顔を出すその姿は、体重112キロ(最高到達点)の白きフリンジ付き巨体。昔のファンも口あんぐりの肥満ぶり。24時間待機する専用の料理人をはべらせ、ドーナツ、ホットドッグ、チューインガム、ピーナツバター、バナナなど、ガムシャラに食べ続ける「過食症」の状態にあったとされていた。 もちろん、スーパースターの彼にしかわからない苦悩もあったことだろう。
しかし、子どもは残酷だ。「百貫デブの最後の逃げ場」。私たちにとって、エルビス・プレスリーとは、そういう存在だったのだ。
1977年、多くの謎と嘆きを残し、エルビスは死んだ。
数年後、『オレたちひょうきん族』にホタテ貝の着ぐるみにプレスリー風フリンジをあしらったキャラクターが登場した。安岡力也演じるホタテマンだ。
「巨体」「フリンジ」「ロック」。プレスリーのさらなるエレメンツ化だ。
一方、彼の死後、リバイバルの商売に影響しかねないその「デブなイメージ」を払拭したいと、関係者は躍起になった。 そして、その頃、エルビスを必死に追いかけていた世代は、すっかり「大人」になり、ロックや不良を卒業していった。
時代の移り変わりなんていいかげんだ。だから、おもしろいのだ。
今、この部屋には、エルビスの名曲『ラブ・ミー・テンダー』がかかっている。
敬太はどうしているのか。その消息は残念ながらわからない。
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2010.07.05
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真っ昼間、うちの70過ぎのおかんから「あんただいじょうぶなのか、なんで電話しないんだ!」と、すっとんきょうな声で電話がかかってきた。
しばらく話をするのだが、どうも会話が噛み合わない。「あらま、とうとうぼけたか」と一瞬緊張するが、話のところどころが微妙に「合って」いるから、なかなか判断がつかない。
心を落ち着かせ、「ギャーギャー言っている割には話の展開がもたもたとした」年寄りの話をゆっくり聞いていると、やっと事情が飲み込めた。
どうやらうちのおかんは、昨日、振り込め詐欺のあんちゃん相手に40分も話をしたというのだ。
「いやあ、すっかりあんただと思ってねえ」と、おかん。
「そんだけ話をすりゃ、自分の息子じゃないっていうぐらいわかるだろ」と思うのだが、おかんは、いつも相手の話は適当で、一方的にまくし立てる感じで話をするから、相手が誰でも同じという状態だったのかもしれない。
さらに、ちょうどタイミングの悪いことに、先月、私は「声帯ポリープ」になり、嗄れた声でおかんに電話をしていた。だから、今回の振り込め詐欺のあんちゃんに対するうちのおかんの第一声は「あら、あんたまだ声治ってないのね」だったらしい。
「もう、今は声は普通になっとるちゅーに。何日か前に電話しただろうが」と、私は声を荒げるが、相変わらずギャーギャーとまくしたてるおかんには、まるで意味なしおさん。
「で、なんか実害あったんか? まさか金なんか振り込んでねーだろうな」と聞くと、「なんで私があんたに金なんか振り込まなきゃいけないのよ。冗談じゃない」と、即答。
その筋じゃ有名な手口らしいが、何でもその長話の途中で、振り込め詐欺のあんちゃんが、偽のおかん(つまり、うちのおかん)に向かい「おれさ、携帯電話がさ、壊れちゃってさ。新しいのに変えたから、今から番号言うね。090の……」 「いいや、いいって。別にあんたの携帯にかけることないから」(バッサリ) ……という顛末であったらしい。
しかし、勝手に人の名を語る振り込め詐欺のあんちゃんの行動は許し難いし、このご時世、何とも物騒な話だと緊張もするが、それにしても40分も長話をしていたのが、間抜けだ。
「いったい、そんなに長い間何を話してたんだ」と聞くと、「今度の法事のことだとか、この前行った旅行のことだとかいろいろとしゃべってたけど、忘れた」と、おかんは言う。
何なんだ、その振り込め詐欺。実の息子でさえストレスたまるというのに、うちのおかんと長話して楽しいんか。「脈」がないと思ったらせめて10分ぐらいで切れよ。
いやいや、その執念が怖い。
おかんは、「えーっ、あんたじゃなかったの」と一応驚いてはいたが、結局最後はこの「事件」をものすごくおもしろがっていた。「話すと長くなるんだけどね」と前置きをしながら、近所のおばさんにしゃべりまくってるらしい。
こういう「喧伝」というか口コミが、少しでも、卑劣な振り込め詐欺の撲滅に役立つのなら、おかんの長話にも意味が出る。
いや、まったく、世の中どうなってるんだ。
↓ 渡瀬恒彦も体験の振り込め詐欺 「携帯番号換え」など手口は進化
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2010.07.01
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