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傘がない

 一張羅の傘を飲み屋の傘立てに置いていたら盗まれた。

 私は店の出口で絶句した。外はまだ雨が降っていた。

 「あの-、持ってきた傘がないんですけど」と店の人に向かって一応呟いてみた。
 店の人は簡単に驚いたふりをし、手当たり次第にそこらへんに転がっているビニール傘を私に指し示した。

 「いや、違うんですけど……」

 「あ、そうすか」。

 話は簡単に終わった。

 私はしばしその場に立ち尽くした。すると店のあんちゃんが悪びれもせず、「もしよかったらここに残ってる傘持ってっていいですよ」と傘立てにある中途半端にちゃんとした傘を指さした。

 「いや、いいよ……」。私はその申し出を断った。だって誰かのモノだから。

 私は傘を泥棒されたけど、おとなしかった。ちなみにその傘は6000円ぐらいしたもので、10年近く大切に使っていた。

 悲しみの前に存在したはずの怒りが、とんびのようにくるりと輪を描いた。

 店員はまるで悪びれていない。だって、その人が盗ったわけじゃないから。

 傘立てもまるで悪びれていない。だって、知らない人が知らない傘を持っていくとは思っていないから。

 傘を盗んでいった人もきっと悪びれていない。だって、困るのは自分じゃないから。

 誰も悪びれていない。でも、傘がない。

 座席まで持って行かなかった私が悪いのか、100円傘でいいのにわざわざ盗られて困るような傘を持ち歩いた私が悪いのか。
 つまり、大事なモノから目を離したという自己責任の話か。

 この悲しみは誰にぶつければいいのか。

 暴発することのなかった悲しみはいったいどこに行くのだろうか。

 転勤した福井で奥さんをもらった友人が、結婚式の時に屋根の上から餅を撒かされたと言っていたが、そんなふうに悲しみも屋根の上から撒いてしまえばいいのか。

 持っていたはずの傘がない。外はまだ雨が降っている。

 行かなくちゃ……。

 これは私にとってニッポンの不況やJALの株価よりもずっとずっと深刻な問題だ。


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(2001/12/19)
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今日のテーマ曲『傘がない』井上陽水


2010.01.15 | コメント(0) | トラックバック(0) | マンガ的!

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プロフィール

中丸謙一朗

Author:中丸謙一朗
職業:編集者・コラムニスト
1963年生まれ、横浜市出身。立教大学経済学部卒。1987年、マガジンハウス入社。『ポパイ』『ガリバー』『ブルータス』などで編集を手がけた後、独立。著書に『大物講座』(講談社)、『ロックンロール・ダイエット』(中央公論新社・扶桑社文庫)、『車輪の上』(エイ出版)、漫画原作『心理捜査官・草薙葵』(集英社コミックス)など。編著多数。

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