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心の旅【のんびりに会いに行く】

 冬の動物園と聞くと、人はいったいどんなイメージを思い浮かべるのだろうか。

 寒風吹きすさぶ中、まばらな人垣に紛れ込むように佇んでいる物寂しく物悲しげな動物たち。そして、その空間にある自らの姿に、微かな、そしてどこか心魅かれるかのようなペシミズムを感じる。おそらく、そんなところだろうか。

 ふと、冬の動物園を訪れてみたくなった。きっと、楽しいはずだ。そう思った。

 だが、ちょっと待てよ。持てあましているはずの時が、急にいとおしく思える。

 英国の哲学者アラン・ド・ボトンの著書「旅する哲学」(集英社刊)は秀逸だ。旅の持つ「大いなる期待」の「哲学的落とし穴」について、彼は、あんなにおもしろおかしく書いていた。
 彼は目指すべき旅の目的地・ロンドンを前にこう書く。
 「目指す列車に乗り込む瞬間が、ロンドンの夢を現実に変えるチャンスが近づいたとたん、だしぬけに無気力のとりことなった。実際にロンドンに行くなんて、何とも疲れる話ではないか。駅まで走らなきゃならないし、ポーターをつかまえるために争わなきゃならないし、汽車に乗っても慣れないベッドを我慢しなきゃならないし、列に並んで寒さに耐え、この弱い身体を運んで、ベデガー(ロンドンのガイドブック)がきびきび記している名所をめぐらなきゃならない。そんなことを考えているうちに……夢はべったり汚れてしまった」。

 ほら、これだ。  ボトンはこんなセリフも残す。

「(想像すること以外に)これ以上、何を見つけられると言うんだ、新しい失望くらいなものじゃないのか?」。

 そうそう。今は私が目指そうとしているもの、それはソファの脇に転がる真新しく愛くるしいぬいぐるみではない。実際の動物たちは鼻がひん曲がりそうに臭いはずだし、寒空に「陳列」された人類である自分の仲間たちをみるなんて、ペシミズムを通り越して、うらぶれた気持ちなるに決まっている。

 ボトンの語った「大いなる期待」の「哲学的落とし穴」に、私は少しだけ温度を下げる。

 晴れているとも曇っているとも言えない、そんな2月のある日。私は動物園に行った。

 朝一〇時。千円札一枚でじゅうぶんにおつりのくるチケットを買う。

 「大いなる失望」が待ち構えているのに、どうして、そんな大胆なことができたのか。ただ、少し歩いてみたい、ふと、そんな気がしたからだ。

 横浜市郊外にある「よこはま動物園ズーラシア」は、1999年4月、横浜動物の森公園の中に開園し、その後続々とエリアを拡張している、自然一体型の動物園である。現在の面積は38.8ヘクタール、全面開園すると約53.3ヘクタールの日本最大級の動物園となる。
 この「ズーラシア」という愛称は、動物園(ZOO)と広大な自然をイメージするユーラシア(EURASIA)との造語である。

 へー、なかなかいい感じじゃないか。まだボンヤリとした頭の中に、またぞろ「大いなる期待」が紡ぎ出す風景画がふんわりと広がる。  この動物園のウリは、「バイオーム展示」と呼ばれるその展示方法だ。アジアの熱帯林、亜寒帯の森など、それぞれのゾーンの中に、それぞれの動物たちの住む自然環境をパノラマ風に再現している。そう、手っ取り早く言うならば、人間が彼らのお宅に「お邪魔する」という「筋書き」となる。

 動物園側は、各ゾーンに、動物、植物、人の文化的痕跡などを織り込みながら、地域特有の雰囲気を体感させようと、さまざまな演出を施す。ホストである動物たちの生まれ故郷を思い起こさせる生息環境の展示やゾーン毎に変化する植物相で、まるで世界一周を巡る旅をしているかのような、雰囲気作りをする。

 私は歩き出した。

 オフシーズン、開園直後の園内にはまだ人は少ない。

 やっとの思いで有給休暇を取ったであろうと思われるおとうさん。子どもはまだ小さい。曖昧なアウトドアジャケットの色づかいが眠気を誘う。歩きにくそうなヒールとヒザを出したミニスカート姿が寒々しい若いカップルがいる。時折どこからか外国語が聞こえてくる。

 ゾーンの中、早足で次々と動物を見ていく。各種サル、バク、トラ、ライオン、ゾウにカンガルー。鬱蒼と茂った木々の間から、気持ちのいい静寂とまだ手探りするかのような冬の光を感じる。外套を着込んでいる男の、ほんの少しだけ汗ばみはじめているウォーキングは、意外なほどに心地よい。

 しかし、見に行くそばから、彼らは寝ている。

 こいつらには、まるでホストとしての自覚がない。

IMGP2056.jpg



少しずつ温かくなってきた日差しが気持ちいいのだろうか。シロクマはうれしそうに、水場で遊ぶ。環境を強調するための水底の青がホモ・サピエンスには寒々しい。彼らに訪問者を気遣う気はない。時折気持ちの良さそうな重低音のうなり声が園内に微かに響く。

 喫煙所での一服をはさみ、オオワシの勇姿を眺め、キンシコウのうたた寝をのぞき見る。

IMGP2328.jpg

 もうかなり歩いただろうか。鼻先を元気に悠然と泳ぎ回る亜寒帯の森のフンボルトペンギン。ひっくり返りお休み中のメスライオン。のんびりした怪獣、オオアリクイの悠然としたお姿。まるでテレビを見ているおとっつあんのように寝転がるアカカンガルーの姿態……。

 ふと思う。ここには、感じるべきはずのペシミズムがない。

 そもそも、私はここに何を期待し、いったい何を感じにいったのだろうか。

 約2時間の道程のクライマックス。オカピーの前を通り過ぎる頃、自然の中のウォーキングに少し高揚している自分に気づく。

 冬のある日、のんびりに会いに行った。

 どうやら、ここの春は彼らの気持ちの分だけ、少し早かったようだ。

IMGP2122.jpg


(2007年3月)


 

2010.06.04 | コメント(0) | トラックバック(0) | その他

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プロフィール

中丸謙一朗

Author:中丸謙一朗
職業:編集者・コラムニスト
1963年生まれ、横浜市出身。立教大学経済学部卒。1987年、マガジンハウス入社。『ポパイ』『ガリバー』『ブルータス』などで編集を手がけた後、独立。著書に『大物講座』(講談社)、『ロックンロール・ダイエット』(中央公論新社・扶桑社文庫)、『車輪の上』(エイ出版)、漫画原作『心理捜査官・草薙葵』(集英社コミックス)など。編著多数。

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