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美川憲一先生『お金をちょうだい』再発売記念 再録『彼らはいったいいくら欲しかったのか?』

 先日、スポーツ新聞にこんな記事が載った。

「芸能生活45周年を迎えた歌手美川憲一(64)が、71年のヒット曲「お金をちょうだい」を「プラチナバージョン」として6月2日に再発売する。(中略)「別れる前にお金をちょうだい~そのお金でアパートを借りるのよ」。当時NHKでは「歌のイメージが思わしくない」と歌唱禁止。当時、美川は同曲のほか朝帰りを歌った「おんなの朝」など5曲で歌唱禁止になり「NHK歌唱禁止男」との異名を持ったほど。しかし、当時禁止だった楽曲もNHKで解禁され、6月13日放送の「BS 日本のうた」でも歌唱予定。「別れた男からむしりとるのではなく『アパートを借りるお金をちょうだい』なんてかわいいわよ。本来あるべき日本女性の姿」と話していた。(2010年5月31日付日刊スポーツ)

 私は約10年も前に、この『お金をちょうだい』という曲をテーマに、某雑誌にコラムを書いた。件の「別れる前にお金をちょうだい~そのお金でアパートを借りるのよ」というセリフに触発され、「じゃ、いったいその女はいくら欲しいのだろう」という思いで、つらつらと書いたギャグコラムだ。

 時代背景など、多少、古くさくもあるが、この楽曲『お金をちょうだい』が再発売される縁で再掲載してみることにする。



『彼らはいったいいくら欲しかったのか?』
   ~女の手切れ金と男の空想マネー~

 昔の親は子供に向かって、よく「お金の話はしてはいけません」とか「大人の話に首を突っ込むんじゃありません」と、言っていたものでした。それは日本がまだ純朴だったころの話です。しかし、そんなそこはかとない”タブーの気分”を見事にぶちこわした歌がありました。それは、美川憲一の『お金をちょうだい』という歌です。

 「お金をちょうだい」。そこには何のひねりもありません。まるで給食費をもらう子供のように無邪気に右手を差し出している、そんな光景さえ浮かんできます。そして、あの美川流ブルージーなメロディ。テレビ画面から流れてくる、あの隠微でボディソニック状に下腹部を刺激してくる低音に、世の多くの小学生たちはなぜか叫びだしたくなるような閉塞感を感じていたのでした。

 この歌が発売された昭和46年(1971年)は超高級住宅地多摩ニュータウンが入居を開始した年で、世間では赤軍派によるとみられるテロが頻発していました。全米ではベトナム反戦デモが始まり、日本でもラブ&ピースな若者が緩い興奮状態にありました。そんな都会の片隅で、じっとりと昆虫のように別れ話をしているふたりがいたのです。

 「あなたは昔は貧乏だった。しかし愛があった。今は金がある。でも愛がない。仕方がない、もう忘れてちょうだい、手切れ金を払えばあなたもせいせいするでしょう。だからお金をちょうだい」(歌詞より)と女が言っています。

 で、あたりまえですが、男はこの場合、黙っています。では、彼女はいったいいくら欲しかったのかのでしょうか。ここでは、「あなたの生活にひびかない程度」の「アパートを借りられる」(歌詞より)金額と言っています。

 ここに当時の板橋区の賃貸アパートのデータがあります。和6畳、4.5畳、3畳、台所、洗面付きの長屋式アパートの家賃が月1万5千円です。引っ越しに際しては敷金礼金など約6カ月分まとめて金が要りますから、おおよそ9万円ぐらい、現代の家賃相場を乱暴に当時の約10倍だとすると、その額は約90万円ぐらいではないかと推測することができます。そして、さらに、月々の支払いが15万円ほど。この額をつらいと思うか楽勝と思うかは、聞く人の状況しだいです。

 ですが、女の発言は真意とはうらはらです。「ひびかない程度」というからには、きっと本当は「ひびかせたい」に決まっています。そう読むとこの歌に登場する男の経済状況がわかってきます。居住に充当する額の最適な目安は給料の三分の一というのを聞いたことがあります。ひびかない程度というのは、この範囲に抑えられている場合のみです。月給45万円に対して15万円、これが限界です。さらに、男が居住する家の家賃(15万円)も考えなければいけません。彼の本当の月収はここでは想像する程度に留めておきますが、たぶん、収入の大半を家賃に取られている(笑)。でも、生きていかなければならない。これでは響かないどころか脳卒中級に身体に響くであろうと思われます。

 「あなたの生活にひびかない程度のお金でいいの」。これは一見すると曖昧でやさしさあふれる言葉のようにも思えますが、実は女の男に対する、非常に現実的な言わば「生殺し」の金額を指す言葉なのです。

 この「お金をちょうだい」と比較してみるととても興味深い歌があります。浜田省
吾の『MONEY』です。

 男は金がないことに怒っている。理屈やかけひきは一切ありません。自分を捨てた父親や生活環境、去っていった女に怒りを込めているわりには、茫洋としたドリームを語ってしまっているという、前述の女性から見れば、まったくの”単調鶴”の状態です。

 この歌の背景は昭和59年(1984年)です。日本特殊浴場協会がトルコという名称をすべてソープランドと改正し、また、新札が発行され、伊藤博文は夏目漱石に、聖徳太子は新渡戸稲造と福沢諭吉になる、そんな何となく揺れ動いている時代なのでした。男は、労働に油まみれになりながらも、内心は怒りでいっぱい。「純白のメルセデス、プール付きのマンション、ベッドでドン・ペリニヨン」(歌詞より)と、脳内にくるくると旋回するバブリーな欲望(実は時代を先取りしている)でほとんど自家中毒寸前の状態です。そして、「いつかあいつの足元にBIG MONEY叩きつけてやる」と絶叫する。こうなると、この男の言うBIG MONEYというのは、もはや実態さえない膨大なもの、トンビがくるりと輪を描いているような状況を指してしまっているのです。

 神戸が大震災の被害を受け、復興を果たした時、広報の担当者が言った言葉を思いだします。『神戸は今まで1000万ドル(100万ドルというのが慣用句だが、物価の変動を考慮に入れた発言だと思われる)の夜景でしたが、明石大橋が開通すれば2000万ドルにはなるはずです』。え、何で2倍なの? 男の”ビッグマネー感”とはまさにこんな感じです。つまり、『スゲーことする予定だから、ブワッ-と行こうぜ!』という言葉なのです。余計なことですが、一応前述の男の言っているBIGMONEYを先ほどの神戸の夜景の例を引き2000万ドルだとすると、1ドル104円だとして20億8000万円になります。少なくとも相手の足元にこのビッグマネーを叩き付けるというリベンジを果たすには、もうマイケル・ジャクソンになるしか短期に稼ぐ方法はありません。もはや、この数字には何の実態もないことがよくおわかりいただけると思います。

 「お金をちょうだい」が金で愛を精算しようという昆虫系の言葉なら、この「MONEY」の歌詞は、ほとんど青空感覚満載、鳥類系の世界観です。

 「ひびかない程度のお金」と「BIG MONEY」。どちらも歌の主人公から発せられた魂の言葉なのですが、とどのつまり、女の手切れ金は現実的な効力を持つ情念の言葉であり、男の空想マネーは値段の観念をぶち超えたグルーブ感だけの言葉です。
 まったくもって、男女の違いとは複雑なのです。 (2000年1月)

2010.06.07 | コメント(0) | トラックバック(0) | マンガ的!

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プロフィール

中丸謙一朗

Author:中丸謙一朗
職業:編集者・コラムニスト
1963年生まれ、横浜市出身。立教大学経済学部卒。1987年、マガジンハウス入社。『ポパイ』『ガリバー』『ブルータス』などで編集を手がけた後、独立。著書に『大物講座』(講談社)、『ロックンロール・ダイエット』(中央公論新社・扶桑社文庫)、『車輪の上』(エイ出版)、漫画原作『心理捜査官・草薙葵』(集英社コミックス)など。編著多数。

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