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心の旅【原風景を超ゆ(高知・四万十川)】

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 その彼は「俺が5歳の頃……」とよく口走る。その大半が「肥だめに落ちた」とか「肩にカラスが止まっていた」みたいなどうでもいいことなのだが、その嘆きとも自慢ともつかない曖昧な武勇伝の数々は、どうやら過ぎ去った過去、幼年期の「輝かしさ」に触れ、ひとり悦に入りながら自分の「明日への自信」を取り戻すためのもののようだ。

 今日も誰かがつぶやく。「俺が5歳の頃……」。

 隣で飲む男は爽やかに無視をし、目前で飲む女の気持ちは10メートルほど遠方へとスライドしていく。
 でも、もしかすると、こういうのを原体験というのだろうか。
 原体験とは、「記憶の底にいつまでも残り,その人が何らかの形でこだわり続けることになる幼少期の体験」(大辞林)のことを言う。「その原体験から生ずる様々なイメージのうち,風景の形をとっているもの」(大辞林)、それが「原風景」である。

 四万十川を訪れた。
 ここ高知県にある四万十川の評価を改めてくどくどと説明する必要もないだろう。日常の喧騒を逃れ東京から訪れた「初心者」の私の目前でも、「日本最後の清流」との名声にふさわしい景観を十分に感じさせていた。
 心が洗われる。それがその評価にふさわしき感想である。

 全長一九六キロに及ぶこの川に多数存在する「沈下橋」に関しては、若干の説明を要する。
 沈下橋とは欄干がない、まるで川の上に割りばしを載せたような“簡易型”の橋である。この簡易さには、重要な意味がある。沈下橋はその名の通り、増水時に橋が水面下に沈むようになっており、流木や土砂によって橋が破壊されたり、川の水が塞止められ洪水になることを防いでいる。また、壊れても簡単に再建できるという利点もあり、山間部の生活道路としての原初的な思想性のようなものを、擦れた都会人にじんわりと感じさせている。

 不入山を源泉として流れ出た四万十川は、山間を縫いながら周辺の小川を集めて、しだいに大きな流れになってゆく。山清水を集めた川は澄んだ水をたたえながら窪川盆地に入り、周辺の田圃を潤している。
 私は、高知市から約2時間クルマを走らせ、この窪川という町にたどり着き、ここから上流の松葉川温泉まで、ゆっくりと遡っていった。
 出発時の、まだどこか優しい空気から少し険のある陽光に変わりはじめた頃、クルマはこの川のかなり上流にいることに気が付いた。
 いったいここはどこだ? 表現の手がかりを見失う。
 あるのは自然ばかりなのだが、何か相対的に比較評価できるような“もの”が何も見当たらないことに不安感を覚える。

 「俺、夜中にここでひとり放り出されたら絶対に泣く」。
 ハンドルを握りしめながら、ふと思った。

 人は自然の中にどこか自分の中にある原風景を照らし合わせる。
 しかし、ここは簡単に言えば、原風景を超えている。俺が5歳の頃……、っていったって、私の場合、せいぜいが昭和40年代である。もちろん、それが昭和20年代の人もいるし、もしかしたら大正時代の人だっている。そして、その時代の記憶の底に残るようなメルクマール的事象や風景に触れ、初めて原風景が意識される。でも、今生きている人間の原風景ってたって、地球の命に比べたらたかがしれている。

 ここにあるのは、水、草、石、土……。あまりにも強大な自然の中でちっぽけな生き物の気配さえかき消されている。アースカラーの淡い光が何千年も変わらない陽の光と日常の風景を構成している。風景の中に微かに滲むアスファルトの淡いグレーが、かろうじて人の息吹を感じさせている。ハンドルを握る左手のシルバーの腕時計の鈍い光がやけに違和感を感じさせる。

 日本昔ばなしの世界? でも、それは明治時代なのか、江戸時代なのか、それとも室町時代なのか、皆目見当がつかない。言うなれば、ここにあるのは古代だ。日本人というより時間・空間を包括した国家の原体験が蓄積されたような風景。大げさに言えば、今、そこに日本という国そのものの原風景を感じるのである。


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 沈下橋から川に飛びこんだり、山に分け入ったり、そんな派手なことは何もしなかったけれど、何度もクルマから降り深呼吸をした。でも、その度に落ち着かない思いも感じた。存在とは相対的なものであるのならば、その相対するものがあまりにも莫大すぎるのだ。

 さらに奥へと向かう。いよいよ最上流だ。長く曲がりくねった道の先に“人里”が見えてきた。松葉川温泉だ。県内・他県からの宿泊客のみでなく、近隣の人も気軽にひと風呂浴びに来る、こじんまりしているがとても素敵な温泉だ。この温泉で夕食を取った。香の強い地場の仁井田米や鮎の塩焼きにますますの“古代”の香りをかぐ。そして、今この時の原体験が、私の恥ずかしき頭の原風景になる。

 「俺が5歳の時……」。
 そんなものは、何歳の時だっていいじゃないか。とにかく気持ちのいい時間。(2007年3月)

2011.01.17 | コメント(0) | トラックバック(0) | その他

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プロフィール

中丸謙一朗

Author:中丸謙一朗
職業:編集者・コラムニスト
1963年生まれ、横浜市出身。立教大学経済学部卒。1987年、マガジンハウス入社。『ポパイ』『ガリバー』『ブルータス』などで編集を手がけた後、独立。著書に『大物講座』(講談社)、『ロックンロール・ダイエット』(中央公論新社・扶桑社文庫)、『車輪の上』(エイ出版)、漫画原作『心理捜査官・草薙葵』(集英社コミックス)など。編著多数。

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