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「マンガ的」なことを「一生懸命に」やった人

 忌野清志郎さんが死んだことに、少なからずショックを受けている。
 だって、あの人こそ、ちゃんと「マンガ的」なことを「一生懸命に」やっていた人だったと思うから。

 あのメイクだとか、「愛し合ってるか~い」とか、ゴン太二号とか、キンキラリンの衣装だとか、男同士のキス(with 坂本龍一)だとか、あまりにもインパクトありすぎて、当時高校生ぐらいの私たちでも、最初はなかなかその意味合いを消化できなかったもん。

 その後、大人になった80年代後半。
 最初に入った雑誌社での私の担当は東芝EMI。
 当時のRCサクセションは、原発問題などで、発売元の東芝EMIを相手取り、上を下への大騒ぎ。そんな縁もあり、私は、ますます彼にはまった。

 タイマーズの一連の活動も好きだった。というか、バカウケ。(テレビ出演)

 楽曲も、アルバム「カバーズ」あたりから見られた洋物スタンダードの日本語バージョンなんかは、ものすごくいいかげんに聞こえていて、それでいて心に染みた。

 何とも子どもの鼻歌的というかマンガ的というか、とにかく、なんだか、ほんわりとした気分になった。
 ああ、こういう「かっこよさ」もあるんだなと、思った。

 彼の感性ややったことにはいろいろな意味で影響を受けたけど、彼の下唇の下のちょびひげだけは、真似しようと思っても勇気がなかった。かっこよさへのアプローチが、「マンガ的」というか、素人には手が出せない「装い」なのだと思った。

 とにかく急逝されてしまったのは、残念なことである。
 
 葬儀に関する一連の「イベンティな感じ」にはどこか違和感も持った。
 彼の「マンガ的」な部分はあくまでも感性の表現方法なのであって、彼の人生がマンガ的であったのではない。だから、リアルな人間の感情が交錯する葬儀の席で、「愛し合ってるか~い」みたいな参列者からのフラグメンツが飛び散ると、それはそれで、本体の座り悪さみたいなものを覚えてしまう。

 いまわの際とは言うけれど、やっぱりその境界部は解け合ってはいなく、明瞭にエッジがきき、光り輝いていたからこそ、彼は、キング・オブ・「マンガ的」として人々の記憶に残っていたのだと思う。

 ポップスターという言葉にふさわしい多色刷りの華やかさみたいなものが、またひとつ失われてしまったような気がした。

 とにかく、これで一連の報道も静かになる。

2009.05.12 | マンガ的!

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プロフィール

中丸謙一朗

Author:中丸謙一朗
職業:編集者・コラムニスト
1963年生まれ、横浜市出身。立教大学経済学部卒。1987年、マガジンハウス入社。『ポパイ』『ガリバー』『ブルータス』などで編集を手がけた後、独立。著書に『大物講座』(講談社)、『ロックンロール・ダイエット』(中央公論新社・扶桑社文庫)、『車輪の上』(エイ出版)、漫画原作『心理捜査官・草薙葵』(集英社コミックス)など。編著多数。

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