『達磨寺のドイツ人』黒澤明(脚本)
ある日、中山道のことを調べていて、高崎にある少林山達磨寺のことが気にかかった。何でもこの寺を舞台にした脚本が存在するというのだ。『達磨寺のドイツ人』黒澤明監督の1941年の作品である。残念ながら映画化されることはなかったが、この脚本が、岩波書店『黒澤明全集』第一巻に掲載されているというので、さっそく入手して読んでみた。
昭和14(1939)年、第二次世界大戦勃発前、国際社会の緊張が高まる時代が、この物語の背景である。山奥の静かな寺、達磨寺にドイツの有名な建築家、ルドウィッヒ・ランゲが滞在することからこの物語は始まる。日本の建築を知るため、日本の風土に馴染むため、憧れの環境で日本建築に関する草稿をしたためるため、その60歳すぎのドイツ人は、一年あまりに渡って滞在した。
見慣れぬ白い大男に村の人々はとまどいの表情を見せる。最初は怖がっているが、次第に心を開いていく子どもたち、国際情勢の変化に応じて態度を変える大人たち、そばで温かく接してくれる山寺の人々。静かな日常ながらも時折感情の発光がある。それはまるで美しいモノクロフィルムだ。70年以上も前の静謐な世界。時折垣間見られる情熱の灯り。その幾多の光景がいまにも触れそうな質感を伴い、次々と頭のなかで再現されていく。黒澤監督の才気には改めて敬服せざるを得ないが、そのことよりもまず、この脚本を「味わう」時間を持てたことを愛おしく感じた。
2014.04.24 | コメント(0) | トラックバック(0) | 書評・ふんどし本の世界
