【今週の210円】 『太宰治 主治医の記録』(中野嘉一著、宝文館出版)
モルヒネの一種パビナール(麻薬)中毒に陥った太宰治は昭和11年、板橋の武蔵野病院という精神病院に一ヶ月入院した。太宰はその体験を「私の生涯を決定した」と断言し、『人間失格』などの太宰文学の最大のモチーフとなった。その間の太宰の微妙な様子を明らかにするカルテが公開され、それをもとに主治医であった著者が冷静に論評を下したのがこの本である。帯にある通り、「太宰治研究の第一級資料」には違いはないが、現代の書籍のように、そこにスキャンダラスな、あるいは露悪的な視点はない。昭和55(1980)年の作品。発言にはインテリジェンスを、書籍には格調の高さ。よくもわるくもそんな昭和後期までの風潮が滲み出るような本だ。飛び抜けたおもしろさはないが、じんわりと(環境や現象としての)文学を感じる、そんな作品である。
2014.04.29 | コメント(0) | トラックバック(0) | 書評・ふんどし本の世界
